半隠居生活への経緯

今日は僕が半隠居生活に至った経緯について雰囲気を知ってもらえればと思います。

 

したい仕事

僕は高校生の時からある仕事をしたくて、大学と大学院に通っていた。

元々は地方で育っていたんだけど、運よく第一志望の都内の大学に合格ができた。

ある仕事をするためには大学だけではなくて大学院まで出なきゃいけないので、東京以外に気に入った関西のある都市にある大学院に進学した。

そして、院修了後さらにしたい仕事に向けてキャリアを積もう!と思っていた。

ギャップ

僕のしたい仕事は世間ではかなりのニッチ産業。

ニッチ産業ということは、就職口が少ないことでもある。

 

最初、僕の勉強していた仕事の分野の中で一番の関心ではない職場に就職したんだけど、周囲の物事の見方と、僕の物事の見方が、理論の違いから派生してかなりのギャップがあり、まさに「畑違い」だった。

このギャップはここだけだと思っていたんだけど、実はもっと根深いものだった。

転職

自分の興味に沿う職場に転職することにした。

けど、ここでも世間の物事のやり方と、僕の、格好良く言えば専門的なやり方にギャップがあり、馴染めなかった。職場で同業者は僕一人だけだったのも難しさだったのかもしれない。

僕の仕事は時には福祉と混同されることがあるのだけど、僕は福祉には特別な興味がない。たまに福祉に転向できる人もいるみたいだけど、僕はそうはならなかった。

社会文脈的な難しさ

僕の仕事は日本社会では十分に理解されていない。

僕は福祉には興味ないのに、福祉と混同されることがあり、ストレスになってしまうことがある。

米国では所謂高収入の仕事の一つなんだけど、日本では非常勤も多く、専門職と見られているのかも怪しく、十分な社会的環境とは言えない。

ここまで書くと同業者はもしかすると僕の仕事に薄々感づいているかもしれない。

けど、このブログを通して固有名詞はできるだけ使わないことにしたいので、いくらかのイメージを膨らませながら読んでいただきたい。

絵に描いた餅

そうしたギャップを経て、今僕はしたい仕事を目指す意欲を失ってしまった。

したい仕事につながると思って、もう何年も毎週新幹線を使い1泊で勉強に行ったり、研修などにも場所を問わず参加していた。けれど、これらのことも僕のしたい仕事につながるわけではないと気づいてしまった。

これらで得られることは、絵に描いた餅と変わらなかった。

現在

現在、したい仕事とは異なるけど、関連した職場で週2日ほどバイトをしてはいる。バイトといっても時給は数千円ではあるし、何かあれば責任も重たいことがある。

けど、この仕事もやはり思い描いていたものとは異なる。ギャップがある。

この感覚を例えると、薬局で調剤する姿に憧れて薬剤師になった人がいざ就職するとその頃には、AI 化の流れで調剤の仕事がなくなり、人に薬の仕組みがどうこうと説明する仕事の就職先しか、なくなるような話と近いと思う。

全然違うのだ。

憂鬱さ

毎週、仕事の3日前から気分が憂鬱で寝転ぶ事しかできないことがある。仕事が嫌で嫌で仕方がない。

仕事の思い描いていたものと実際のギャップがここまでに及んできてしまったのだろう。

誰もこんなギャップがあるなんて言ってなかった。

大学などの教員は僕ほどギャップを感じていなかったからなのかもしれない。

これから

これから僕はしたい仕事とは全く別の仕事に転職する予定だ。

僕の仕事は長期休暇があるため、まとまった時間に勉強することができる。

もしこの現状をもっと若い段階で知っていたら、この仕事ではなく、別の専門職を目指していたのだけれど、今から別の仕事を目指す気力がない。

できること

僕は現在のアルバイト以外に収入がある。

幸い数年間は最低限の生活には困らない。

やりくり次第で今後の人生を凌ぐこともできるかもしれない。

けど僕は誰かの役に立ちたい気持ちがある。

だから、自分にできる範囲でできる仕事の勉強をするんだ。

タイトルとURLをコピーしました